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第九交響曲演奏会雑感、その1 「第九」事始めと人類愛 宇部市民オーケストラ 団長 佐藤育男 (2007年3月1日 宇部日報掲載記事)

宇部市民オーケストラは、来年の318日、ベートーヴェン作曲の第九交響曲(以下、第九)を演奏します。結団9年目を記念して企画しました。会場は渡邊翁記念会館で竣工70周年記念も兼ねています。指揮は今や日本を代表する広上淳一さん、ソリストは小野田市出身の河野克典さんをはじめ佐々木典子さん、寺谷千枝子さん、福井敬さんという現在我が国で最も輝いている豪華メンバーです。

さて、第九について。皆様よくご存知の第九・・の何を語れば良いのでしょう?

これまではすべてチケットを売らんがための駄文でした。日頃クラシックを聴かなくてもチケットを買って下さった方へのお礼の解説文でもありました。決して音楽に詳しい方の読みものではありません。

・・そこで、日本の第九発祥の地、鳴門市板東を数年前に訪れたときのことから始めさせていただきます。そこにはドイツ館と呼ばれる記念館があり、第九交響曲の日本初演の資料が展示されていました。資料によると、初演は今から90年前の191861日、第一次世界大戦中の最中でした。演奏者はなんと板東俘虜収容所のドイツ人俘虜たちです。当時の所長、松江豊寿大佐は江戸末期の戊辰戦争で敗れた会津藩の出身でした。敗者の心の痛みを知る所長の武士道精神を体現した待遇は、捕虜に人間としての尊厳を保ち、生きる自由と平等を与えました。「ドイツ人も国のために戦ったのだから」が口癖の所長の捕虜管理は他の収容所とは際立って異なっていました。捕虜の一人マイスナー氏が、「キャプテン・マツエがわれわれに示した寛容と、博愛と、仁慈の精神をわれわれは決して忘れない。アーレ・メンシェン・ズント・ブリューダー(四海みな兄弟)という言葉は彼のためにある。」と評したように、軍首脳の再三の呼び出しにも決して動ずることがなかったといいます。パンを焼き、コーヒーやお祝い時にはビールを飲み、自国語の印刷物を刊行し、音楽を奏で、地元の人々と交流するといった、まるで平時下のような生活を送れることに感謝して、彼らはコンサートを開いたのです。(「第九」の里ドイツ村―板東俘虜収容所ー 林啓介著 井上書房)「・・あのとき私たちは捕虜でした。そして、皆さんは戦勝国の国民でした。にもかかわらず、私たちは心を通わせ合いました。国境も、民族の違いも、勝敗もそこにはありませんでした。皆さんと私たちは、それらすべてを乗り越えて、心をひとつに強く結ばれあったのでした。友愛というひとつの心に・・」捕虜の一人が板東の人たちに宛てた手紙の一節です。奇跡としか言いようがないこの事実は、映画「バルトの楽園」に詳しく描かれています。ご覧になった方もいらっしゃることでしょう。それかあらぬか日本の年末には20万の人々がこの人間愛を謳い上げるといわれています。世界でも類のないことで、ベートーヴェンが聴いたらびっくりして腰を抜かすことでしょう。

では、なぜこのような壮挙が100年も前に四国の片田舎で成し遂げられたのでしょうか?実際、捕虜たちの楽器や楽譜の調達あるいは製作の苦労は大変なものでした。ましてや第九ともなれば、ソリストと合唱団に女声が必要となります。捕虜は男ばかりなのでやむを得ず男声合唱用に書き換えるなど、幾多の苦労が重ねられました。元国土庁審議官の仲津真治氏はネット上の本邦第九初演の物語」(world-reader.ne.jp/tea-time/nakatsu-031216.html)で次のように述べています。「第1は、松江大佐の極めて寛大な俘虜処遇の方針による。(中略)第2は、この地が四国のお遍路さんを受け入れる一番の札所であったことである。人々は、各地からやってくる遍路の旅人を泊め、もてなすことに慣れ、これを誇りとして来た。そこへ、異国の元将兵がやって来ても、受け入れることに抵抗感は少なかったと言われる。人々は、俘虜たちを「ドイツさん」と呼び、多種多様なことを教わり、親しみをもって交流した。その結果、「ドイツさん」も日本文化を受容し、最近わかったことだが、例えば忠臣蔵をテーマに作曲も行われていた。研究や調査が進めば、もっと多くの事が分かってくるだろう。第3に、この地が塩田や染料の藍の生産などで、当時の日本ではかなり豊かな地域であったことが挙げられる。かくして、収容所や俘虜の活動を経済的に下支えしたり、今日の言葉で言えば、スポンサーのような仕事をした地域の人々も結構いたと言われる。文化は、やはり、相応の豊かさが支えとなるものなのだ。」

・・このように、本邦における第九初演は、まさに松江板東収容所長の「四海みな兄弟」の精神がドイツ捕虜の心の琴線に触れ、ベートーヴェンの「歓喜の歌」の理想を具現化したのです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




添付写真の説明。 国内初演のポスター。右下の文字は
Kriegsgefangenenlager(戦争俘虜収容所)Bando Japan.
(鳴門市ドイツ館所蔵プログラム 
1918161

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