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宇部市民オーケストラ 第8回定期演奏会に向けて −その一
モーツアルトのピアノ協奏曲雑感

 宇部市民オーケストラは平成18年3月5日(日)に定期演奏会を開く。田中良和氏の指揮でフンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」序曲、モーツアルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調、そしてシベリウスの交響曲第2番を演奏する。

今年はモーツアルト(1756〜91)生誕250年に当たる。これを記念して多くの公演や行事が世界の各地で予定されている。そこで私たちも記念に1曲プログラムに入れた次第である。

 モーツアルト研究の第一人者アルフッド・アインシュタインは、「彼は多くの素晴らしい協奏曲を作ったがピアノ協奏曲で初めて理想を達成した。もし、ウィーンの聴衆が彼にもう少し関心を払っていたら、晩年には同じような傑作が(たったの2曲でなく)1ダースは生まれたであろう。というのも、彼は演奏する機会(お金が入るあて)がなければ新しい曲は作らなかったからである。」と述べている。(「モーツアルト」浅井真男訳 白水社)
確かにどの協奏曲もピアノとオーケストラの対話やソロ楽器間のやり取りが素晴らしい。彼は音楽による会話の達人なのである。K491という作品番号が、歌劇「フィガロの結婚」(K492)のすぐ前に当たり、どちらも同じ年(1786年)の作であるためか管楽器同士のやりとりはまるでオペラの世界のようだ。歌心の極みと言えよう。

 その上、このハ短調はどの曲にも勝ってシンフォニー的である。クラリネットとオーボエの両方を加えてどの曲よりも編成が大きく管楽器を強く全面に押し出している。さらに「双方ともに暗い悲劇的な感情の爆発がある」とアインシュタインは言う。ほかの作品にない深い悲しみや暗い怒り、翳り、憂愁といった感情が込められている。
短調のピアノ協奏曲といえば、前年に作曲された、もう一つのニ短調(K466)が有名である。それまでの明るく爽やかで耳に快い曲想とはうって変わり暗いデモーニッシュな響きで当時の聴衆を驚かせた。しかし、今回演奏されるK491の感情はK466よりもずっと深い。

 故丸山眞男東大教授、戦後最大の知的リーダーにして政治思想史の大家には知られざる第2の専門―「音楽」があった。教授はこのK491を高く評価し、弟子中野雄氏(元ケンウッドUSA会長、数多くのモーツアルトのLP・CDを制作、ウィーンのモーツアルト協会賞を受賞)との対話で次のように述べている。少し長くなるが引用させて戴く。
中野「先生はモーツアルトの音楽に突然変異のように深刻さが現れるのはK466前後とおっしゃいましたね。これから亡くなるまでの6年間ベートーヴェンの出現を予告するような作品を次々に書きます。一体何があったのでしょう。ベートーヴェンはK466のためにカデンツアを書いていますし、ピアノ協奏曲の3番もK491と同じハ短調をモデルにしたと言われていますよね。年代的には15年から20年経過しているのですが、年頃は同じ30才前後です・・。」
 丸山「作風は確かに同じですね。ただ、完成度はモーツアルトの方がはるかに高い。ハ短調の協奏曲同士を比べてみれば一目瞭然です。音符間の緊張度が、ベートーヴェンには申し訳ないけど、段違いだな。響きの切迫感が純粋で、もう一音たりとも動かせないころまで来ている。ベートーヴェンのハ短調は『乞う!ご期待』って作品です・・。僕はモーツアッルトのこの二つ、<ニ短調>と<ハ短調>、好きだなあ・・。」(「丸山眞男 音楽の対話」中野雄著 文春新書)
 第1楽章。出だしがすごい。不気味である。旋律をドレミで歌えない。つまり調性が取れないのだ。あるモーツアルトの達人は「奈落に落ちてゆくような」と言い、別の達人は「技法はいよいよ円熟し、かつ大胆な調性が駆使されている。それはモーツアルトを愛してくれた『聴衆への無意識の決別の辞』である・・」と述べているが、まさしく彼自身の内部で何かが変化しているようである。第2楽章。うって変わって美しい。彼にしか書けない音楽である。ニ短調の2楽章に似ているが、この方が一層切なく胸が締め付けられる。第3楽章。変奏曲のスタイルである。めまぐるしく変る主題と変奏の鮮やかさ、自由さ、大胆さが数ある変奏曲のなかでも際立っている。(田辺秀樹「底知れぬ奈落に落ちてゆくような」 モーツアルトベスト101 石井宏編 新書館)

 ピアノソロは防府出身の若手演奏家、喜多村裕美氏である。氏は国立音楽大を卒業したのちブルガリア ミュージックアンドアース国際器楽作曲コンクールのピアノデュオ部門に1997年、98年と連続して第一位となった実力派である。モーツアルトはプリマヴェラ合奏団とピアノ協奏曲第12番を共演している。彼女がどのようにこの陰影に富んだ傑作を奏でるか楽しみである。

宇部市民オーケストラ 団長 佐藤育男 (2006年2月4日 宇部日報掲載記事)

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